普通?特別? V
 

 

 片手の中華鍋、別名“北京鍋”というやつを、ひょいと軽やかにあおる手際が見事。中には一口大の短冊に切り分けた白菜やタケノコ、ニンジンに椎茸がどっさりと入ってて。豚肉は片栗粉をまぶしておくとふっくら柔らかい仕上がりになりますよ? イカやエビは火を通し過ぎると堅くなるので後半から。うずらのゆで玉子と湯通ししたキヌサヤは最後に投入するのでと、コンロの傍らにスタンバイ中。野菜に火が通って中華スープの味も染み渡ったら、ウズラを入れて、いよいよ佳境へ突入です。鍋を一旦 火から外し、水で溶いた片栗粉をザッと回し入れて。素早く掻き混ぜながら再び過熱。とろみが焦げる寸前くらいまでよーくよーく掻き混ぜれば、とろみのツヤが出るので頑張って。仕上げのキヌサヤを入れたら、はい、八宝菜の出来上がり。
「…うわぁ〜〜〜。///////
 中華は火にかけたら手を止めず、一気に進めて仕上げる短期集中が秘訣…と聞いたことがあったけど。
“あんな重たいお鍋、ボクには持ち上げるだけで精一杯だ。”
 揺するなんて到底無理だと、やってみなくとも判る。自分が担当しているのは揚げ団子入りのこちらも中華スープで。豚ミンチと刻んだタケノコを、ショウガで風味づけして和えて、油で揚げたお団子は、お母さんが作っておいててくれたけど。鷄がらスープに塩味つけて、椎茸のスライスに春雨を具として加え、仕上げに溶き玉子を流して かき玉風にするんだという、手際までは知らなくて。こちらもシェフ殿から逐一教わって作ったもので。
「…えと、こっちはこれでいいでしょうか?」
 恐る恐るに玉子を回しいれ、ふんわり広がったのへホッとしつつ、お隣の火口前から離れてしまった進さんへと訊けば、肩越し、首を伸ばすようにしてから、うんうんと頷いてくれて。ああよかったと息をついた瀬那の様子が、何だか大仰だったからか、
「…。」
 大きなお皿へ八宝菜を移し終えた臨時シェフ殿、中身が空いてもかなり重いだろう鉄鍋を、軽々と元のガス台へと戻すとそのまま、その手でセナくんの頭をわしわしと撫でて下さった。
「あやや…。///////
 元気がないよに見えたかな。進さんが鈍感で無神経だとか、朴念仁だなんて大きな間違いで。油断してるとすぐにも、こやって案じてくれるのが。セナには時々、嬉しいばかりじゃあなくて、ちょっぴり切なかったりもする。




  ◇  ◇  ◇


 事の起こりは、ほんの十分ほど前まで逆上る頃合い。U大のF学舎にあるクラブハウスで、アメフト部の春休みの合宿中という進さんだったのが、今日から3日ほどは入試の準備と当日とに当たるからということで、構内へ入れない身になったとか。その間、実家へ戻っての自主トレとなるそうだったので、
『じゃあ、あのあのっ!』
 その自主トレ、一緒にしませんかと。やっぱり同じ理由から、大学のグラウンドは使えない身のセナが持ちかけて。それでと、セナのお家での“嬉し恥ずかし お泊まり合宿”が始まったのだが。
“何ですか、その“嬉し恥ずかし お泊まり合宿”ってのは。///////
 まあまあまあ、嬉しいのも恥ずかしいのも嘘じゃあなかろう、このこのこのぉ。
(笑) もうすっかりと顔なじみな間柄だということもあって、お母さんも快諾してくれて。最初の1日を、川沿いのジョギングコースで走り込みをし、セナくんを重しにしてのスクワットや腕立て伏せなどこなした進さんへお風呂を勧めておれば、じゃあ夕飯は任せてねと支度に取り掛かっていたお母さんが…程なくして。急な電話があったらしいそのまんま、セナくんをちょいちょいと手招きし。
「? どうしたの?」
「それがねぇ。お隣りの奥さん、ぎっくり腰やっちゃったらしいのよ。」
 痛いそうですね。しかも若い人でも油断大敵。身動き1つ出来なくなるとかで、だってのに、
「旦那さん、まだ帰って来てないらしくって。それで、お母さん、今からタクシー呼んで病院までついてってあげなきゃならなくて。」
 ということなのでと、お財布からお札を抜き出し、
「悪いけど、今晩は何か店屋物でも取ってくれる?」
「え? あ・うん。判った。」
 そういうことなら仕方がない。セナも簡単なもの、多少なら作れなくもないけれど、下準備も心の準備もなくのいきなりじゃあ、チャーハンかオムライスくらいしか作れないしと、自分の腕前のほどは判っていたので。普段着のコートを壁のフックから手に取る母へ、気をつけてねと声をかけ、玄関口までを見送って。

 「ぎっくり腰は、ウチの祖父も手を焼く症例だ。」
 「…っ!!」

 いつの間にお風呂から上がっていたものか。真後ろから降って来た進さんのお声へ、セナくん、思わず ひょえぇっと跳ね上がりそうになったものの。ウチへ置いたままだったスェットの上下に着替えた進さんは、まだ少し髪を湿らせておいでなのが、
“…なんか可愛いvv”
 こういう隙というか油断してますというところ、まずは見せない彼なので。そういうところをこんな間近で見ることとなるのが、セナには至福の特権であり。ただ、
「? 小早川?」
「あっ、えとあの。///////
 我に返ってあわわと慌てるところを、
「…。」
 逆に、進さんから 微笑ましいことよと愛でられていようとは、まだ気づいてなかったりするセナくんだったりするのだが。まま、そこのところはあなたと私の内緒ということで。
(苦笑)
「お爺さまって、あ、そうでしたね。」
 確か、合気道の道場主であると同時、接骨整体士の資格もお持ちだとかで。捻挫や脱きゅう、四十肩などの手当てもなさる。
「部位が部位なだけにきっちり嵌めるのが難しいとかで、結局、ただじっとしていて痛みが去るのを待つしかない。」
「うわぁ…。」
 そんな痛い話を眉ひとつ動かさず語る彼なのは、慣れもあってのことだろが。それは大変だと表情が引き吊ったセナとしても、今のところは他人ごと。
「あ、そだそだ。」
 それよりもと話を変えるのにも抵抗は薄い。
「進さん、何か食べたいものありますか?」
「?」
 お母さんが出掛けてしまったのですが、何か出前を取りなさいと言われました。そうと伝えたその言葉尻が出終わらぬうち、
「?」
 やはりキョトンとしたままに、お廊下を振り返った進さんが向かったのはキッチンで。そのままスタスタ歩みを運び、取るものもとりあえずと大慌てで出てったお母様の散らかしっぷりを見回して。

 「八宝菜…?」
 「え?」

 切った野菜や肉にイカなど、ザルに盛られてあったのを見回し、コンロにかけられた鍋にも炒めていたその中途で止めた跡があると気がついて。それらを見ただけで、そうと断じた進さんにも驚いたが、
「ここまでしっかりと用意があるのなら、この続きを作った方が早い。」
「…え?」
 言うが早いか、要りような調味料をセナに言って手元へ用意させ、それからがまあまあ何ともお見事な手際の連続。揚げ団子があったのへは、汁ものを作ろうとしていたらしいとセナが気づいて受け持ったものの、
“…凄いや。”
 何のレシピも見ないまま、火の通りにくい野菜から、少しずつ塩を足しつつ炒めてゆく手順の確かさといい、がっつりと大きな手で、重たい鍋を余裕であおって炒める様子といい。力持ちだからってだけで出来ることではないと、少しばかりお料理をかじってるセナなだけに判ること。判ると同時に、

 “…そっか。進さんもお料理出来るんだ。”

 まだまだ初心者もいいところで、ちょっとしたランチメニューやお弁当ごときへ、前の日にしっかり下調べして準備してかからなきゃならなくて。そんな自分とはまるきり格が違うお手並みだったと、目の前ではっきり思い知らされて。

 “なぁんだ。”

 アメフト以外のところでも、例えばお勉強やお行儀や。そうそう、進さんは和服も自分で着られるそうだし、お習字も段位持ちだって聞いたことあるし。何をやってもかなわない人。でもね、お料理はセナの方が上かなって思ってたのにね。

 「………。」
 「小早川?」

 大皿に盛られた八宝菜は具がどれもつやつやで、とってもお上手で。しかもしかも、野菜を炒めながら、ザルやボウルをてきぱきと流しへまとめるお片付けも完璧で。あ〜あ、これくらいはボクの方が上手かなって思ってた分野だったのにな。それがちょっと、うん、ちょっとだけ、残念だなって思っていたらば。

 「言っておくが、俺はこういう大雑把なものしか作れん。」
 「………え?」

 セナの小さな肩を、ポンポンと叩いて。進さんがそんなことを言い出して。
「こないだ小早川が作ってくれた、ピラフにグラタンがかかっていたのとか、玉子で飯をくるむオムレツとか。そうそう、コロッケとかハンバーグとか。そういう手間のかかる料理は全く作れん。」
 野菜を刻むのだって、大雑把が過ぎると母や姉から文句を言われ通しだしと。やっぱり至って大真面目なお顔で紡ぐ進であり。けどでも、あのね?

 “進さん、もしかして…。”

 セナがしょげてしまったことに気がついて、落ち込むことはないんだよと。いかにも進さん流の真っ当で正直なお言いようでもって、これでも宥めてくれているのかも?
「…。」
 だからとしたって、じゃあどう応じろと?という、どこまでも不器用さんの宥め方。これ以上は言葉が接げぬか、ちょっぴり困ったように口元を閉じてしまったお不動様へ、

 「…その中で、進さんが一番お好きなのはどれですか?」

 セナくん、ひょこりと小首を傾げて見せつつ、訊いて差し上げ、

  ―― インゲンやニンジンを芯にして巻物にした肉のつけ焼きがあったろう。
      あ、八幡巻きですねvv

 ちょっぴりしょげてた韋駄天くん。たちまちにっこり笑顔になると、

 「じゃあ、明日はそれをボクが作りますね?」

 それでおあいこ、頑張りますねと、にこりん微笑ってくれたのへ。心なしか…進さんの分厚い胸板が、ホウと安堵の吐息をついて、少しばかり下がったようにも見えたりし。

  ―― ほらね?
      進さんが鈍感だとか朴念仁だなんて大きな間違いなんだから。

 今度こそ、桜庭さんや蛭魔さんに、そこんところを訂正させなきゃと。心の中でだけ、ふんと鼻息荒くして。それじゃあいただきましょうかと、愛しいお人が作った晩餐、堪能させていただいたセナくんだったらしいです。こちらこそ、御馳走様でしたvv





  〜 Fine 〜  08.2.21.


  *そういや、どの巻だったかに、
   進さんは料理が(セナくんより)上手とありましたので。
   大方、あの猪料理だろとは思うのですが、
(笑)
   ウチでも発揮していただきました。
   このシリーズの進さんチは、
   大人数用の大まかな料理を作る機会の多いお家なので、
   猫の手よりはましだろうと、
   小さい頃から駆り出されていたものと思われます。

めるふぉvv めるふぉ 置きましたvv **

ご感想はこちらへvv**


戻る